大判例

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盛岡地方裁判所 昭和35年(ヨ)74号 判決

盛岡市三戸町二三五番地

申請人 斎藤俊造

同市同町二三四番地

被申請人 三戸町々内会

右代表者会長 井上恵介

同市油町三三二番地

右訴訟代理人弁護士 石川克二郎

右当事者間の昭和三五年(ヨ)第七四号町内会費一部取立禁止仮処分命令申請事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人は「本案判決の確定に至る迄、被申請人は昭和三五年七月分より同三六年五月分迄の間各月金一三、五〇〇円を超える町内会費を各町内会員から取立徴収してはならない」との裁判を求め、被申請人は主文第一項同旨の裁判を求めた。

申請人は申請の原因として次のとおり陳述した。すなわち

一、被申請人町内会は、盛岡市三戸町内に居住する世帯主を会員とし、会員相互の親睦融和を図り併せて同町の振興発展を実現することを目的として設立せられた団体で、右目的達成のために町内の保健衛生の向上、道路改修の実施、その他会員の福祉増進のため必要な事業を行うことを定め現在会員約四二四名を有する。而して同会は法人格を欠くけれども、その会則には前記会員資格及び目的事業に関する諸規定の外、その組織に関し議決機関として会員総会を置き、会則の改廃、予算決算の承認等の重要事項はすべて総会の議決を要する旨を定め、また、執行機関として会長、副会長等の役員を置き、会長は会を代表し、会務を総理する旨をも定めるなど民事訴訟法第四六条にいう代表者の定めある社団に属する。

二、而して三戸町内会は同会運営の主たる財源として、毎年六月一日に始まり翌年五月末日に終る一会計年度毎に免除世帯を除く約三八〇名の会員から各会員毎に定められる月額金五〇、一〇〇、一五〇、二〇〇円の四段階の各会費合計月額二六、〇〇〇円、年額三一二、〇〇〇円を徴収し、これに充てている。

三、被申請人会長井上恵介及び一部役員らは、数年前より敷地買収費約八〇万円、建築費約一二〇万円計二〇〇万円を要する公民館を、右会費収入を以て建設する計画を樹て、これ迄数回これを総会に附議したが、そのつど大方の反対にあつて可決されるに至らなかつた。しかるに、前記井上会長、役員らは飽く迄これを強行貫徹しようと図り、昭和三四年一一月の臨時総会において同年度収支予算案に前記本来の事業費一九万二、七七二円の外公民館敷地買収費初年度分金一七万円の支出を計上し、右収支予算案を可決承認させたうえ同年五月二一日に右公民館敷地として盛岡市有地九七坪を代金七三万七、六五〇円で買入れ、その手附金三六万円中一七万円は三四年度中に徴収した町内会費から支弁してこれを支払い、残額一九万円は事情を知悉する町内会員四名の者から三戸町内会名義で借入れてその支払に充てた。次いで同会長は昭和三五年七月二〇日開催の同年度定期総会において右年度収支予算案を提出し収入の部に町内会費三一万二、〇〇〇円、支出の部に公民館敷地買収費第二年度分一五万円を計上したところ、右収支予算案はいずれも承認可決せられるに至つた。

四、しかしながら昭和三五年度定期総会の決議中、公民館建設、に関する部分(以下本件決議という)は次の理由により法律上無効である。

(一)  右決議は被申請人会の目的の範囲を逸脱するかまたは町内会の本質に反する事項を内容とするから無効である。

凡そ公民館の設置、運営は社会教育法第二一条によれば原則として市町村、例外的に民法上の公益法人に限り許されるのみならず、同法第一条、第三条等の規定の趣旨によれば市町村はむしろこれが設置を義務づけられていて、地方財政制度が確立せられた今日、公民館建設は本来地方費(市費)を以て支弁すべき事業であり、町内会の負担に帰せしむべきものでないことが明らかである。

のみならず、もともと町内会員が分担納付した(町内)会費は、町内会の存立目的に関する固有の公共事業すなわち会則に示す衛生、道路、文化事業に充てらるべきものでそれ以外の、社会教育を直接に目的とするものはこれに包含されない。まして被申請人名義で一時他より多額の借入金をし、今後長年に亘つて町内会費のうちから年賦償還(被申請人の主張するところによると完済迄、無利息としても一三年以上かかる)しようとするのであるから、被申請人町内会の経済能力を遙かに超え会員の負担過重を招くにおいては尚更以上の感を強くする。

されば以上いずれの観点よりするも、公民館設置は三戸町内会の目的の範囲を超えるかまたはその本質に反し、その決議は無効である。

(二)  更に本件決議は公序良俗に違反し無効である。

即ち地方財政法第四条の四に、国及び地方公共団体が当該地域住民に対し直接、間接割当的寄附を強要して徴収することを禁じているが、右規定の趣旨は、それ以外の地域集団にも類推適用せらるべきものである。而して三戸町内会は町内会の本質上会員より徴収した町内会費はこれをその目的達成のための事業を行うことにより全部各町内会員に対する奉仕の形で還元すべき義務を負い、各町内会員はかかる奉仕を請求する権利を有するにも拘らず、本件決議の結果として三戸町内会は従来通りの年額会費約三一万円中、半額一五万円を削減しこれを公民館建設費に振り向けるというのであるから、本来の事業費は半減する結果会員への奉仕もまた必然に半減を来たさざるを得ず、かくては被申請人会員をして前記権利の一部をその意に反して抛棄させることとなり、このことはとりもなおさずそれに相当する金員寄附を強要するに等しく、これ地方財政法四条の四に謂う割当的寄附に該当するものといわねばならない。然りとすれば右決議は前記法条の精神に違背し、ひいては公の秩序、善良の風俗に違反する無効のものである。

(三)  更に右決議は町内会会員の固有権を侵害し無効である。何故なれば、前記「奉仕」を受ける権利は町内会員にとり最も主要な、総会の多数決を以てしても奪われない固有の自益権である。

然るに被申請人は町内会員から賦課徴収すべき町内会費の半額一五万円を、年々固有の事業費を削減することによつて浮かし、これを公民館建設に振り向け充当するというのであり、これは会員の前記固有権を侵害し無効というべきである。

五、被申請人は右決議の執行として既に町内会費月額二六、〇〇〇円を取立徴収している。

よつて申請人は被申請人を被告として当裁判所に右決議の無効確認訴訟を提起中であるが、その判決の確定を待つていては、被申請人において毎月町内会費を不当に増額して徴収したり、或はそうでなくても徴収した町内会費の一部を本来の事業に振り向けずに擅に削減して、これ等を右の公民館敷地買収費に流用支出して了う惧れがあり、かくては償うことのできない損害を蒙ることとなる。而して被申請人本来の事業費は前記本昭和三五年度予算(疏甲第五号)によれば敷地買収費一五〇、〇〇〇円を除いた一六二、〇〇〇円、すなわち月額金一三、五〇〇円さえあればその事業運営にいささかも支障を来たすことにはならないので右額を超過する金員の取立禁止を命ずる仮処分命令を求めるため、本件申請に及ぶ。本件は申請人が町内会員の一人として社団の本質上その構成員が有すべき共益権に基き申請するものである。

と述べ、疏明として疏甲第一ないし五号証、第六号証の一、二、第七ないし九号証を提出し、疏乙各号の成立はこれを認めた。被申請人訴訟代理人は答弁並に主張として

一、公民館類似施設(申請人は社会教育法に所謂公民館であるというが被申請人の設置せんとするのはそうではなく、同法四二条に謂う公民館類似施設である)を設置する決議をなすに至つたのは次の事情からである。

被申請人町内会が会合を開き集会を催すために、従来個人宅を利用して来たが、それでは種々支障を生じ思うように利用できない不便があるので、被申請人が自由に使用し得る集会場として公民館類似施設を設置する必要に迫られていたのである。

会員相互の親睦を図り、その福祉増進を目的とする町内会が、集会場を設置することは正に町内会の目的達成のため必要な事業であつて、いかなる点から言つても、これを目して目的外の行為とすることは出来ない。

二、申請人は社会教育法違反を言うが、同法四二条によれば、公民館類似施設は何人でも設置できることになつていて、実際には各町内会が自発的にこれを設置し、市町村教育委員会において、その設置費用を補助しているのが全国各地の実情である。

されば申請人の右主張は失当である。

三、又申請人は地方財政法第四条の四に違反すると主張するが、町内会は任意団体であつて、同法に謂う地方公共団体でないことは勿論であるから同法の適用を受ける筋合でない。

のみならず被申請人は割当的寄附を徴収していない。

即ち町内会費は従前通り年額約三一万円であることに変りなく、何ら増額していない。

唯、支出の一部を節約して公民館建設費に振向ける方針である。

四、被申請人は法人格を有しない社団として、民法の社団法人に関する規定が類推適用されることは申請人も言う通りである。それならば多数決によつて一旦総会の決議が成立した以上、これに反対であつた会員もそれに従わざるを得ず、申請人が今において不服を唱えるのは失当である。

五、更に本件申請において申請人一人の町内会費の徴収禁止を求めるならともかく、申請の趣旨はそうではなく他の会員全部について迄これを求めているのは明らかに必要の限度を超えるから許さるべきではない。

以上のとおり申請人の本件仮処分申請は、被保全権利並びに保全の必要性を共に欠き失当である。と述べ疏明として疏乙第一ないし四号証を提出し、被申請人代表者尋問の結果を援用した。

理由

一、申請人主張一、ないし三、事実は、被申請人において明らかに争わずこれを自白したものと見做すべきである。

二、而して本件仮処分申請は被申請人総会の前示公民館設置に関する決議は申請原因四の(一)ないし(三)列記の理由により法律上無効であるところ、右決議の執行は申請人ら町内会員の権利を侵害するものであるとの事実を基礎とすることは申請人の主張に徴し認められるが、果して如何なる被保全権利を主張するものであるかは必ずしも明白ではない。

(一)  本件申請は、本件決議が当然無効であるとの主張を前提として、被申請人が右決議の執行としてまたはその執行のため毎月その所属の全会員から徴収する町内会費の総額を一三、五〇〇円を超えて取立ててはならない旨の仮処分命令を求めるものであるから、右の申請趣旨自体単に申請人被申請人間の権利関係のみを被保全権利とするものでないことが明らかであつて、思うにかかる仮処分申請が認容されるには、その本案として申請人が被申請人の会員たる資格において申請人勝訴の判決を得た場合においては右判決が単に申請人被申請人の当事者間に止まらず他の一般会員についてもその効力を生じるいわゆる対世的効力ある総会決議無効確認の訴を提起し得る権利を有することをその論理的前提とするものといわねばならない。申請人はかかる権利はすべての社団につきその構成員の共益権として認められねばならない旨主張するけれども、なんら明文の根拠もなければ、社団一般に妥当するそのような法理が存在するわけでもない。よつて本件申請は右趣旨においては失当というほかはない。

(二)  若しそれ申請の趣旨とするところが、右に解した趣旨として理由がないならば、少くとも本件決議の無効は申請人の会費納付債務の一部無効を来すから、これが無効確認の訴を本案として本件申請をなすものであるというならば、これまた次に述べる理由により失当である。すなわち、成立に争いのない疏乙第一ないし第四号証、被申請人代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる疏甲第三ないし第五号証及び右代表者尋問の結果を総合すると、被申請人が各会員から徴収する町内会費の額は被申請人において毎年総会の決議をもつて一方的に決定賦課するわけではなく、あらかじめ各会員入会の際当該会員の同意のもとに、会員の資力等を標準として区別された月額五〇円、一〇〇円、一五〇円、二〇〇円の四段階の会費額のうちのいずれかを撰択決定し各会員はその後は被申請人の金銭需要の如何にかかわらず、右により定められた定額の会費を納付する義務を負うに過ぎず、申請人もまたその入会以来かくして定められた月額五〇円の会費を納付する義務を負うものであること本件決議は前示公民館敷地買収費一五万円を他の一般事業費の節減により賄うことを定めており右経費支弁のため会費の増徴を予定する趣旨を含むものでないことがそれぞれ疏明される。以上の事実によれば仮に、公民館敷地買収費の支出に関する本件決議が申請人主張のような理由により無効であるとしても、その結果は、右支出が総会の承認を欠くものとなるため町内会長等の執行機関が総会に対する関係において適法に右支出をなし得ないこととなるに過ぎず、これがため申請人等各会員の会費納付債務が当然に右総会の承認を欠く支出予定に見合う限度において縮限されるものとは解されない。

そうすれば、本件決議は申請人の右債務になんらの影響を及ぼすものでないことが明白であるから、前記趣旨での申請もまた理由がない。

(三)  また申請人の趣旨とするところが、申請人が町内会員として被申請人町内会に対して有する奉仕(サービス)を請求する権利が本件決議により違法に侵害されたとの趣旨を含むと解した場合につき考える。

この点につき申請人は「町内会の本質上、被申請人は会員に負担納付させた会費は全部これを会員に対する奉仕活動を行うことにより還元すべき義務を負い、申請人は町内会員固有の自益権として町内会に対しかかる奉仕活動を請求する権利を有する。然るに本件決議により被申請人が会費総額三一万円の中一五万円を公民館設置に振り向け、本来の奉仕活動を半減させることは、それはとりもなおさず右権利の侵害であつて、本件決議は無効である」旨主張する。

然るに申請人の求めている申請趣旨は毎月の総額が一三、五〇〇円を超える限度において町内会費の徴収の禁止を求めるものであつて右一三、五〇〇円の額なるものがあたかも半減された被申請人の奉仕事業への支出と見合うものであることを考えると申請原因では前記権利の侵害を主張しながら、申請趣旨では三戸町内会の奉仕事業の削減をば却つて肯定是認するに等しく、右被保全権利によつては右趣旨の申請はとうていこれを認容するに由ないものである。そうすると右趣旨における申請人の主張もまた主張自体失当というべきである。

三、以上いずれの点よりするも、それ以上の点に立ち入り判断を加える迄もなく本件仮処分命令申請は理由がないから、これを却下すべきものとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須藤貢 裁判官 中平健吉 裁判官 山下進)

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